8月も2/3を過ぎようとしています。
まだまだ暑い日が続いていますね。
ここのところ、ありがたいことに、幸せな慌ただしさの中で過ごさせていただいています。
8月初旬には、ねぶた祭りを見させていただきました。
実際に目の前で感じる迫力は想像以上で、長い年月の中で受け継がれてきたものの重みや、そこに込められた人々の思いに触れたような気がして、とても感慨深い時間でした。
慌ただしい毎日の中でも、こうして心が動くものに触れる時間は、大切ですね。
そんな日々の中で、最近、私自身が考えていることがあります。
それは、
「自分で自分のご機嫌を、上手にとっていくこと」
美味しいものをいただいたり、好きなものを眺めたり、会いたい人に会ったり。
ほんの少しでも、「自分が心地よい」と思える時間を持つこと。
……只今、模索中であります(笑)。
そんなことを考えていた折、鑑定をしていて、ふと印象に残ったことがありました。
50代、60代に差しかかる頃になると、若い頃と同じように頑張っているのに、なぜか思うようにいかない。
そんな時期を迎える方が、少なくありません。
若い頃は、多少無理をしても勢いで乗り越えられたことが、年齢を重ねると、少しずつ事情が変わってきます。
体が疲れていても休まず働く。
人に合わせることを優先して、自分の気持ちを後回しにする。
「まだ頑張れる」と、自分に無理をさせてしまう。
一つひとつは決して悪いことではありません。
けれど、それが積み重なると、今の自分と、これまでの頑張り方との間に、少しずつズレが生まれてくることがあります。
私は、そんな小さなアンバランスの隙間に、不運は忍び込むことがあるのではないかな、と思っています。
若い頃は「量」で進めたことも、これからは「質」が大切になってくる。
何をするかだけではなく、
何をしないか。
誰と過ごすのか。
どこに時間や力を使うのか。
少しずつ選び直していく。
それは、何かを諦めることではなく、今の自分に合った生き方へ、そっと軌道修正していくことなのだと思います。
鑑定をしていると、
「もっと早く気づいていれば……」
という言葉を聞くことがあります。
でも、私は「遅すぎる」ということはないと思っています。
気づいた時が、変わる時。
これまで頑張ってきた自分を、否定する必要もありません。
若い頃には、若い頃の頑張り方がある。
そして今の自分には、今の自分にしかできない歩き方がある。
働くことと休むこと。
人を大切にすることと、自分を大切にすること。
頑張ることと、手放すこと。
どちらか一方に偏るのではなく、その時々の自分にとっての「ちょうどいい」を探していく。
そして私自身も、まだまだ完璧ではありません。
「今日の自分は、何をしたら少しご機嫌になれるのかな?」
そんな小さな問いかけを、自分にしてみる。
美味しいものを食べることかもしれない。
好きなものを眺めることかもしれない。
少し早く眠ることかもしれない。
誰かとたわいもない話をすることかもしれない。
大きなことをしなくても、自分の心が少しほっとすることを大切にする。
そういう小さな積み重ねが、案外、自分自身を守ってくれるのかもしれません。
「今日は頑張る日」もあれば、
「今日は少し休む日」があっていい。
その時の自分に合った景色を楽しみながら歩いていけたら、それもまた、幸せのひとつなのかもしれません。
いつも完璧なバランスを保つ必要もない。
崩れたら、また整える。
頑張りすぎたら、少し休む。
人に合わせすぎたら、自分の気持ちを聞いてあげる。
そのくらいの柔らかさも、占いでいう「中庸」なのだと思います。
また、算命で命式を出してみると、ちょうどその頃に大運で「対冲」が回ってきていることも多いんです。
「きっと、こういうことなのかな」と思いながら、鑑定をしています。
……なんて、偉そうなことを言いながら、これもまた私自身に言い聞かせている部分が多々ありますが(笑)。
無理をしすぎず、楽しむことを忘れずに。
今の自分にとっての「ちょうどいい」を大切にしながら、これからも歩いていきたいと思います。
ねぶた祭りはYouTubeにアップいたしました。よろしかったらご覧ください


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